どんな気持ちもすべて、あっていい。と、傍らにいる。

こんにちは、桝田です。

悲しくなって泣いたら被害者?
悲しくなって泣くようなことの前に、なにがあったのだろう。

相手が嫌な気持ちになることをすれば加害者?
相手が嫌な気持ちになることをする前に、なにがあったのだろう。

どちらが悪い、と、いったい誰が決められるのでしょうか。

悲しい、
寂しい、
腹が立つ、
拗ねていたい、
一緒にやりたい、
言い出せない、
わだかまりがある、
強がりたい、
気まずい、
わたしを見て、
近づきたい、
距離をおきたい、

どんな気持ちもすべて、あっていいし、誰にもあるもの。

そうして気持ちがざわつく時に、
拗ねていい、
腹が立っていい、
強がっていい、
悲しんでいい、寂しさを覚えていい。

で、それらを味わって、
わたしは、本当には、なにが起きればいいの?
に、当人がつながったら、そこから道がはじめて見え始める。

その、あなたにとって今「本当に起きるといいこと」はなんなの?
その「本当に起きるといいこと」のために、なにか手伝えることはある?
と、傍らにいる人としてサポートできたなら……。

感じた気持ちを、そこから人と関係を築いていく体験を、学びを、自分はできるという自信を、力を獲得する喜びを、自分の血肉とする機会を、過程を、

奪わなくていいのだと思います。