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私に圧し潰されて、圧し殺されていた、私の悲しみと痛み。

※この記事はへんてこ書房の運営メンバーだった頃に書いたものです。

こんにちは、桝田です。

先日のへんてこジャーニーで出てきた、私の怒りの親玉

これ、どうしようか。
と、思い立って、マーニー・デューガンさんのワークショップで体験した、感情解放のワークを一人でやってみました。

部屋にはマーニーの磁場ももちろん発生していないし、ペアのパートナーの存在、安心感もありません。
一人では、解放する動きも声もどうしても小さくなる。

でも、家に一人なら、できないことはないかな、という感じ。
涙も鼻水も咳も痰も、溜まっていたものと共に、出ることは出ました。

この怒りは、想像していたものに反して、激しいものではなかったのです。

長い長いあいだ、圧し潰されて、圧し殺されて、奥から絞り出されるような、遠慮がちな呼びかけと、悲しみと痛み。
なぜ、この悲しみと傷みを感じて、それを避けようとしてきたのか。

この悲しみと傷みに全力で触れないようにするために、私は自分のやるべきことを自分でやる人になろうとしてきました。

一方で、自分の本当にほしいと思うものは、ほしいと口に出せずにきたのです。
私は無力だ、というメンタルモデルは、こうして作られたのだな……

これは、私のほしいものに対して私は無力だ、という類の無力さ。
だから、人の役に立つ、責任を果たす力が自分にはある、という傲慢さとも共存するのです。

解放しきれたかはわかりませんが、この傲慢さの正体と構造がわかって、すこしほっとした、安心がいま、私にあります。

最近、「怒るとこわいからいやだ。やさしく言ってほしい」と泣く娘。
かーちゃん、なんで怒っちゃうかわかったよ、と娘にも伝えました。

怒ってごめんね。
一人でやりなさいっていつも言ってしまうけど、やらなくてもいいよ。
かーちゃんとやりたいことがあったら教えてね。
かーちゃんあんまり遊びを知らないけど、やってみたいと思ってるよ。

娘は、

うん。
こどもは、みんなお母さんが大好きだよね。
誰もお母さんが大好きじゃないこどもはいないよね。
かーちゃんとみずあそび、どろだんごしたいってまえに言ったよ。

と言いました。

うん、どろだんご、聞いてる。
自転車の練習も。
すぐには変われないかもしれないけど、少しずつだなー、と思っています。


【2016年4月17日~ へんてこジャーニーの軌跡】

  1. 世界は危険だ。だから私は……、と、繰り返してきたこと。
  2. 滅私奉公。「私がやればなんとかなる」の、深い闇。
  3. 続・滅私奉公。「私がやらなければ誰もやらない」の、深い闇。
  4. 滅私奉公になりやすい、世界を捉える私の五感。
  5. 滅私奉公脱却の旅。人生で避けていたことをひとつ、避ける必要がなくなったお話。
  6. こどもが怒り、悲しみを感じている時、隣で親ができること。
  7. お金を稼ぐこと、受けとること。
  8. 私の力を発揮することをとめている、私自身の思い込み。
  9. 「私を邪魔しない、聞き分けのよい、いると便利で助かる子」。
  10. 「力をないことにする」ことで、得ている旨味。
  11. いつでも、一人でできるように。 人を頼らないように。 人に迷惑をかけないように。
  12. 私に圧し潰されて、圧し殺されていた、私の悲しみと痛み。
  13. 「できる力があるならば、力のある者がやるべきだ」、という思い込み。
  14. へんてこジャーニーを終えて。「始まり」に立つ。

★へんてこジャーニー:へんてこ書房で企画・開催した、8ヶ月間の自己変容・リーダーシップ開発のプログラム

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