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感情を味わうこと、身体に意識を向けることは、そのまま自分を愛すること。

こんにちは、桝田です。

マーニー・デューガンさんの感情解放ワーク 、2日目。
2日目も、身体に意識を向けていきます。

今日は午前と、午後に、ペアでのワークをひとつずつ。

午前のワークは、自分が不本意だと思う自分の行為も、自分のある部分が創り出している。

そのある部分の、最善の意図から創り出している。

その自分のある部分と、不本意だと思う自分の行為とを、見ていくもの。

ここでは、自分が我慢をする・何も言わないことを選んでいたものに、実は何も伝えないことで相手を「私の考え方において守る」ことをしようとしていた、ということに気づきました。

本当は、相手と共に、私も相手も満たされる選択肢を考えていきたいのです。

からだに、細胞に、感情は棲んでいる、溜まっている、のだそうです。

からだが動きたいように、動きたがっているように、動かしていく。

同時に、もし出てくるならば、出てくる声や涙や鼻水や咳や痰と共に、意識を向けられることなく身体に溜まっているものを出せるだけ出していく。

というワークでした。まさに解放。

感情を溜めている、身体。

身体は、私たちが意識できない本能、無意識ともつながっている・・・

身体が動くことには、必ずなにかの意味があります。

「体をこう動かすように」あるいは「動かさないように」という、意識の声を聞くのではなく、意識を休ませて身体に尋ねる。

身体が「動きたがっているように動かす」ことができるのは、溜まっていたものを出してもいい、と出てくるのは、本能が、無意識が、ここは出しても大丈夫と安心しているから。

 

初日の学びについて、提供者ではなくクライアントが決めて臨んでいるかが大きいのだ、という趣旨の気づきを書きましたが、

この安心感は、間違いなくマーニーが2日間かけて丁寧に醸してきてくれたもの。

 

マーニーの愛の重力場。

愛か、力か、ではない。

愛という力の使い方があるんだ。

力という愛の表し方があるんだ。

 

セッションや場を提供する者が全力でやることは、ただこういうことなのだ。
ということもまた、マーニーは体現することで教えてくれました。

感情を味わうこと、身体に意識を向けることは、そのまま自分を愛すること……。

それをするために生まれてきたと知っていて、それを知ってもなかなかできなくて、体当たりで挑戦し続けて、そしてなかなかできない、それでもいいと知る、そのまま自分を愛すること。

そしてこれらの感情は、誰のせいでもなくて、私が味わうと決めてきたものなのです。

どんな手段を用いても味わうと、私が決めてきたもの。

みんな、どんな世代の人もみんな、よく生きてきたなぁ。
生きてるなぁ。
生きようとしてるなぁ……

と、帰りの道すがら、ぼんやりと、愛おしく感じました。

がしかし、疲れる一日でしたよ……


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