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私にできることと、相手がやること。

こんにちは、桝田です。

今日は、ファミリーコンパス社主催マーニー・デューガンさんの感情解放ワークショップに参加してきました。

私たちは通常、無意識や無意識に含まれる「感情」や「情動」などの扱いをまったく学ぶことなく大人になっています。

いや、ほとんどの人が、感情はコントロールすべきもの、表にだすべきではないもの、という教育を受けて大人になっているでしょう。

その「感情」「情動」は本来、なんのためにあるのか?
どのように扱うと、わたしたちが心身ともに健やかに、安心して、希望を持って生きていくことにつながるのか?

ということを、学び、体験する3日間です。

ペアワークを2つ、それぞれがガイドに従って行う瞑想のようなワークを1つ、体験しました。

午前中の感情に関する解説、感情の本来の機能を果たすような世界観をマーニーさんの言葉で味わっていたためか、ペアワークでは、私の中で大事で、大きなことを扱いたい、とテーマにしました。

ある人との私自身のかかわりについて……。

ペアのパートナーにサポートしていただき、ワークを進めていくと、私が大切で重要な……、ただ同時に苦しさや無力感を覚えるような意味づけをしていた事柄に対して、ふと、その意味づけは妥当ではない。

と腑に落ち、真実としてあることを、ただ並列に並べて眺めることができました

私は相手が大切で、心から相手の力になりたいという気持ちがある。
相手が相手自身のために、何を選ぶかは相手が決めることである。
その「相手が決める」に対して、私にできることは何もない。

ただ、私は相手が大切で、力になりたいと思っているという気持ちから、相手が「自分を大切にする、ということに向き合ってみてもいいかもしれない」と感じられる安全な関係や時間を相手との間につくる、ということまでが、私にできること。

そして、私が「相手のために何かをする」、ことと私に「相手の力になりたいという気持ちがある」ことは、イコールではない。

今までそこがぴったりくっついていた気がします。

「相手のために何もしない」と「相手の力になりたいという気持ちがある」。

どちらも私が自分にある、と言える真実だ、と感じることができました。

私にできることは何もないのだ、という真実に、書きながらも泣けてきますが……
本当に、できることは何もないのだ、と今までより深く、その真実を受けとめる・あきらめることができた気がします。

それは、あきらめると言っても、「私には力がない」と嘆いているのとは、違う感覚なのです。
ちょっと言葉にはしづらいのですが……。

そして、これらのペアワークについて、私にとって大きかったことがもうひとつありました。

長くなったので、そのもうひとつはまた次の記事で。


【2016年9月24~26日マーニー・デューガンさん感情解放ワークショップ関連記事】


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