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【開催報告】「時間」と「お金」と、「感覚できる」こと。:ABD『時間の言語学―メタファーから読みとく』

昨日は、『時間の言語学―メタファーから読みとく』のABD(Active Book Dialogue)でした。

時間と、メタファーとの関係。
「時は金なり」というメタファーを中心に、世界の哲人たちは時間をどのように思索したのか。
またTime is moneyを明治時代に輸入した日本では、時間はどのように捉えられてきたのか? 
を、著者の考えを追いかけていくABDとなりました。

哲学的で難しい!
何を言ってるのこれ?
とみんなで眉間に皺を寄せながら、目や心に留まった概念やフレーズを胸に、「時間」「五感」「身体感覚」「社会での時間とお金」などのテーマで対話し、理解を深めました。
それこそリミットという意味での時間で対話を終えましたが、まだまだいくらでも話し続けられそうな深いテーマです。

個人的に今回、本や対話から印象に残ったのは3点。

  • 時間は、空間と五感を通じてしか知覚できない
  • 「時間」を考える時、現代は「お金」を切り離して考えることはできない。時間もお金も概念。お金も、空間や五感を通じて知覚するものではないか。
  • 「動く時間」(自己は動かず、時間が未来から過去へ)と「動く自己」(時間は動かず、自己が過去から未来へ)

五感を通じてしか知覚できないとなると、とても個人的なものが実感のある「時間」や「お金」となる。
けれど、いくらでも実感を離れていくこともできる……。

その後、クリーン・ランゲージのミニワーク。
「時間」のうち、それぞれの方の「過去」と「未来」のモデリング(メタファーとして持っているイメージを明らかにすること)をしました。

私は2年半前にまったく同じ「時間」のモデリングワークを受けているのですが。
その時から、「過去」「未来」いずれのモデリングも大きく変わっていました。
(クリーン・ランゲージトレーナーの依子さんによると、変わった、という人は初めてだそうです)

2年半前は、過去をとてもリアルに、あたたかいもの、私を形作っている体験そのもの、感謝があふれるもののように感じていて。それは私の皮膚の内側にあり。
皮膚は、現在。等身大の自分。
逆に未来は皮膚の外側から皮膚に向かってきて、私の内側になっていく。
そんなメタファーでした。

今回は、過去はただ鮮明に見ていた事実の記憶として、写真や映像のように視覚で浮かび。
それは、私の「見ていた」記憶のものだから、私の姿は写っていません。

未来は対象的に、視覚でもぼんやりとは浮かびつつ、よりはっきりとはドアを開ける感覚、意義深い仕事から帰ってこどもに手を広げる感覚、なにかの会議で身振り手振りで話をしている感覚、この世を去る間際、深く満足しながら手をお腹の上で組んでいる感覚、……
とにかくすべてを自分の手、腕、胴体の感覚で未来を知覚しているようでした。

ただ流れのままに皮膚に自然に入ってくる未来ではない、私自身の「行動」が創り出していく未来。

なんだかちょっと新鮮で、楽しみです。

ABD初参加の方にも楽しんでいただくことができたようで、嬉しく思います。
ご参加のみなさまありがとうございました。

「時間」と「お金」、考え続けたいテーマです。


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