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「自分が表に立ちたくない」の奥底で。私が無視し続けてきた、素朴な疑問。

こんにちは、桝田です。

先日のクリーン・リトリートで向き合ってみよう、と決めた「自分が表に立ちたくない」という恐さ。この恐さは、なにか自分の考え、意見を表そうとすると、必ず私の内側で立ち現れてきます。

先日、この続きのテーマでクリーン・ランゲージのセッションを受けました。

人の感情は、その人の身体が覚えている、その人の身体に棲んでいる、と言われています。それがどこかは、人によって様々。
クリーンのセッションでは、その身体が記憶している、認識している、感情を含めたその人の認知のシステムを明らかにしていきます。
頭でこうあればいいなと考えている・空想しているイメージではなく、感情などの無意識、無自覚に「身体が認知している自分のシステム」を頭や意識が認知・自覚するように、はたらきかけるのです。

私の中にいる、なんでだよ、なんでだよ!! と怒って、悔しがっている「少年」。
前回のリトリートでその存在に意識をちゃんと向けてみたら、「少年」は私のお腹にいる。お腹、肚。私の、中心。

前回から私が「少年」に意識を向けた、存在を認めたことで、「少年」の怒りは収まっていました。彼の怒りは、私自身に無視される、自分の存在をないことにされる、ということへの怒りだった……。

この「少年」は、私の「左手」を使ってなにか言おう、表現しようとする。その「左手」がなにか言おうとする、表現しようとすると、私の「左肩」あたりに、「左手」が動くことを強力にとめようとする力があるのです。

「それについてなにもできないならば、やらないならば、なにも言うな」
「人のことに意見する前に、自分のやるべきことをやれ」
「左肩」にあるのは、そんなとても大人な意識。力。

そうして、やるべきことを「右手」を使ってやろうとする。
「右手」は私にとって、とても慣れた力の使い方、動き方、意識。自分の責任だと認識している範囲全体に意識を張って、大きなことでも小さなことでも、そこで全体にとって必要なことを期限までに遂行する。
事務局やバックサポートを行う時に、使っているのはこの「右手」を中心とした力です。考えなくても動く。いや、考えはするんだけど、頭も行動も滑らかに自然と動く。
「左手」の、機械のようにぎこちない動きとは対照的。

セッションでは、「少年」が「左手」で表現しようとすると、「左肩」には何が起きるのか? という関係を認識しながら、お腹にいる「少年」はなにを言っているのか? なにを表現したがっているのか? に意識を向けていきました。

どうして、こうなっているの? 誰も望んでいないのに。
どうして、とめないの? やめないの? それが何につながるのか、わかっているのに。

「少年」にあったのは、素朴な、純粋な疑問。
誰かを責める意図はまったくない。ただただ純粋に、おかしいな、僕はなにか変だと思うんだよ、と投げかけるような。

「少年」がその疑問を表現することは、相手が防衛し、守ろうとしているものを刺激するんじゃないか。
こちらの事情をお前はなにも理解していない、と相手の怒りや反感をかうんじゃないか。
そんな風に恐れているのが、「左肩」。
だから全力で「少年」が表現することをとめようとしてきた。「少年」が表現しないように抑え込むことが、相手を尊重することだ、相手を大切にすることだと信じてきた。

……そうして、「少年」の言うことを、取り合わないようにしてきた。「少年」が何を言っても、無視し続けてきた。力をもたせないよう、存在しないことにしてきた。だから、「少年」は無視されることに怒りを募らせてきた。

みんな、すごくがんばって善くなろうとしてるよね。
それがどうして通じ合わないのか、求めているものにつながる力にならないのか、僕は悲しいんだよ。悔しいんだよ。

ね、聞いてよ。

「少年」が表したかったことは、……ただ、それだけ。

口にしてみると、「左肩」に入っていた力は一気に抜けて。「左肩」の恐れていたことが今起きてしまったことを、どうしていいかわからない、と放心したような。
「少年」が、どれだけ相手を大事に思っているかを、「左肩」は知っている。だからこそ、全力でとめようとしてきた……という気もしました。

「左肩」に入っていた力、私の言動をずっと支配してきた力がこれからどうなっていけばいいのか? については今はまだわからない感じがあります。今私が知っているのは、この「少年」から、「左手」も「右手」も動かしていけるようになりたい、ということ。そして「左肩」も、邪魔なものではなくて、私の一部であること。

まだまだ「左肩」が「少年」を抑える、無視することは起こるだろうし、「右手」ばかり動かして、「左手」が動かない状況も続くかもしれない。

それでも、肚にいる「少年」から動きたい私の両手を、私は今知っている。

さあ、「自分が表に立ちたくない」という私は、どうなっていくのかなぁ……。
自分のことながら、まったくよくわかりません。そしてまだまだ、続きそうです。


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