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「自分が目立ちたくない」と後ろに引く癖に。私は、何が起きればいいのだろう。

こんにちは、桝田です。

先日、1泊2日の、クリーン・ランゲージ&瞑想リトリートに参加してきました。
10月から、クリーン・ランゲージ・トレーナーの斉藤ダソさん、松田依子さんのお二人が2泊3日のクリーン・ランゲージ&瞑想リトリートを始められるそうです(10月は残席1、次回は2月予定とのこと)。
今回は参加者は全員クリーン・ランゲージを学んでいるファシリテーターで、テストバージョンのリトリートでした。

具体的になにをやったかというと、瞑想の先生でもあるダソさんのリードでみんなで瞑想し、それ以外には各自、ひたすらダソさんと依子さんからクリーン・ランゲージの個人セッションを受けることで、自分の内面に起きていることへの気づきを深める。
という2日間でした。

年末の引越し以来、環境、気持ち、いろいろな面で少し安定してきたなと感じていたこともあり。
「リトリート」ならば、普段の生活の中ではじっくり向き合うことの難しい内面のテーマを深めてみよう。
どんなテーマに取り組もうか……、と数日、考えながら。

以前から薄ぼんやりと気付いていたこと。
様々な場面でふと浮かんでくる、「私が目立たないように」と後ろに引く癖。
後ろから全体を俯瞰して見る、という立ち位置が好きで、得意で、慣れている、ということはあるけれど。
それ以上に、本当は堂々と前に立つことが求められる場面でも、後ろに引こうとする癖が自分にあるな、と感じています。

目立ちたくない。
前に出たくない。
隠れていたい。

この癖が出て、目立たないようにとしているその瞬間でさえ、堂々としていればいいだけなのになぜ、と自分で思うこともあって。
このほとんど反射的に後ろに引く癖は、いったいなんなのだろう……。

「あなたは、何が起きればいいのでしょう?」

その問いかけから、最初のセッションが始まりました。

いつでも後ろに引くわけではないこと。
後ろに引く時は、私の慣れ親しんだ方法で私には責任がとれない! と思っている内容だ、と感じていること。
「それについてなにもできないならば、やらないならば、なにも言うな」
「人のことに意見する前に、自分のやるべきことをやれ」
後ろに引く時は、そんな自分の声が前に立つことを強く引き止めること。

過去に自分で言った・書いた・表した言葉をずっと覚えていて、
「いつも口ばかりで、結局お前はなにも行動しないじゃないか」
と、自分で自分を責め続けていること。

初日、瞑想と3回のセッション、セッションの間に取り組むよう指示される宿題への取り組みによって、そんなことが明確になっていきました。

もうね、この時点で、ぐったり、ぐえ~ってなってます。
(が、ごはんはしっかり食べる……温泉に癒やされる……)
お刺身

2日目は、緑の木々の中を散歩して、各自静かに内面に起きていることを見つめるところからスタート。
そしてそれぞれ一回ずつ、リトリートでの最後のセッション。

私の中に、私がずっとその気持ちをどう扱っていいのかわからずに封印してきた幼い少年がいる。
「いつも口ばかりで、結局お前はなにも行動しないじゃないか」と、私を責める少年。
少年は、なんでだよ、なんでだよ!! と怒っていて、悔しがっていて。

大人で女性の、現在の私は……
彼の力になりたい。でも外側が恐くて、不安になっている。
彼の怒りや悔しさがそのまま外に出て、彼が誤解されないように、彼が傷つかないように。
そして彼の怒りや悔しさが、私を責めるように外側の誰かを責めることのないように、誰も傷つかないように。
彼が暴力的に外に出ていかないように、抑え込んでいる。

同時に、私はもう大人なのに力になれなくてごめんね、と自分の無力を嘆いている。
「なんで」だよ、という彼の叫びにせめて応えられたらと、たくさんのことを知り、学ぼうとする。
そして知り、学びながらも、「人に、恐れやパターンを超える勇気が充分にはないから」だと、確信に近い自分の答えはとうに持っている。

他でもない自分こそ、その勇気のない一人だと、ごめんなさいごめんなさいと泣いている。

しょうがないよ、難しいんだよ、できないんだよ、いろんな事情があるんだよ……、なだめようと彼にかけている自分の言葉がいちいち、自分も聞くのが嫌だった大人たちの言葉で。

ふがいない、悔しい、自分は無力だ……それを突きつけられるのが恐くて、私が今に至るまで正面から向き合うことを避けてきた、少年の言い分。
彼の言葉を本当に聞いてみよう……
今、大人の私になにができても、できなくても。

そんなところで、セッションは終わりました。
(クライアントの時は、流れとかちゃんと覚えていませんが、内面で起きていたのはだいたいこんな感じ)

で、このテーマ、結構私の根深いところにあるテーマなのです。
いろいろ表面のものに取り組んできて、ようやくここに取り組めるようになったんだな、と思うくらいには人生に大きく影響を与えてきた大きなテーマ。
なので、もちろんこの2日で完結するものではなく。

最後のセッションをしてくださった依子さんから、しばらく時間をかけてこのテーマでプロセスしてみてね、と提案いただきました。
私のパターン(=事実が見えなくなり、自分の思い込みにはまるポイント)として、頭ばっかり動かして不安の妄想に入るパターンがあるから、そこから覚めているために身体を使うように、という点も併せて。

私はアンケートもまともに書けないくらいぼろぼろになりましたが、本当に、各自のプロセスを自分が進めるためのリトリートです。
自分自身と対峙することは、自分にしかできないこと。
ファシリテーターのお二人はサポートしてくださるし、一緒に参加した仲間もそれぞれ自分の課題についてセッションを受けている、ということの影響はもちろんありますが……。
自分の課題と取り組むのか? 取り組まないのか? を決められるのも、実際に取り組むことができるのも自分だけなのだと強く実感して帰ってきました。

私の課題は、私の課題。
他の誰の課題でもなくて、幼い少年の私の声を聴けるのは、私しかいない。
緑の静かな高原から日常に戻ってきましたが、しばらく彼の声に耳を傾けてみます。
それくらいの勇気は、奮ってみよう。

しかし、づがれだ~~~~。


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