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愛しているから、力になる。愛しているから、力になれない。

こんにちは、桝田です。

「人が自分自身であることに挑戦する」、それを私は応援したいのだ、と気づいてから。
私自身のこれまでを振り返って、書きたくなったことを……。

人の夢や目指すものを応援する。
その夢が形になるために自分の力を発揮する。
私の意識や力は、そういう風にはたらく傾向があります。
自分の目指したいものを掲げ、目指すために、となると途端に迷子になって力を失う感じ。

人の夢や目指すものを応援する、それしかできない、と私は自分を卑下してきたけれど。
人の夢や目指すものを応援する、というようにはたらく力も、夢を描き、掲げ、目指していく力や他の多様な力と同じように、強く、尊いものです。

どんなにすばらしい夢も、夢を描く人、掲げる人だけで、描かれた夢を形にしていけるわけではない。

ただ、応援するその人が、私も応援するその夢を追うことをやめた時に、あるいはその夢やその行程にある状態は私の考えていたものや形ではない、と感じる時に、悲しんだり、相手に失望したり、ということを私はしてきました。

応援するその人が、自分も応援するその夢を追うことをやめたとしても、あるいは、自分の考えていたものや形、状態ではない、と気づいたときにも、それは「その相手」に責を求めることではない。

相手の中に自分の見た「その夢」を応援すると決めたのは自分。

その夢を追うために自分にできる自分の力の使い方は、また探せばいくらでもある。
その相手に代わって自分が考える旗を振り始めることもできるのだし、その相手ではない人を応援する道を選ぶこともできる。

その自由は、いつも自分にある。

人を応援することと、夢を形にするために自分の力を発揮することは、別のもの。

「その相手」がまた新しく進みたいと決めた道、あるいは自分がこれまで理解していなかったその相手自身の道、を祝福する。
それがほんとうに、その相手自身、その人を応援すること。

なにをしても、しなくても、
変えても、変えなくても、
選んでも、選ばなくても、
その人の心のままにあってほしいと心から願うこと。
その相手を愛すること。

そして夢を形にするために力を発揮する、その自分もまた、
なにをしても、しなくても、
変えても、変えなくても、
選んでも、選ばなくても、
自分の心のままにあっていい、と知っていること。
この自分を愛すること。

そんな関係が私には心地よい、と教えてくれるのは、

あなた達がどうあろうと私がとても愛していて、あなた達の希望やその夢を応援したいと心から願っていて、その希望や夢が変わっていったとして、それでも変わらず愛するだろうと……

もし、私の応援するその希望や夢が私の思っていたものではないものへと姿を変えたとして、私が悲しみや、失望を覚えるのならば、それは私の抱いていた期待に他ならず、あなた達を責めることではまったくない。

変わっていくことが当然の、あなたの夢や希望を、心のままに生きてほしい。

そう願ってやまない、娘や息子、こども達の存在です。

あなたは、私ではない。
そして私は、私ではないあなたを愛している。

愛しているから、私は力になる、も真実だし、
愛しているから、私は力になれない、も真実。

あなたも、私も、自分自身としてある。

それぞれの、その時の「自分自身」にとって、適した距離、適した関係、必要なものを選びながら、進んでいけたらいいなと、思うのです。


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